【コミ小噺】大会運営にとって助かる意見・要望

こんにちは!花粉症に苦しめられ続ける日々がいち早く終わることを待ち望んでいるUBです。ポケットティッシュの消費量がやばいので早く終わって欲しい(切実)。

 

さて、先日WUDC関連の記事を投稿しました…が、まだWUDCの中身には入っていませんね()。こちらについては鋭意執筆中なので、また後日公開します。4月中にはなんとかしたい(希望的観測)。

 

今回は、前々から書きたいと思っていたコミ関連の小噺を書いていこうと思います!もちろん先人たちに比べれば自分はまだ若輩者ではありますが、若輩者なりに何かしら発信できればと考えています。

初めて就いたコミがCD(Sophomon Cup 2022)ということで、CDの仕事には思い入れがあるのですが、今回は運営に関わった大会の経験を踏まえて「大会運営にとって助かる意見・要望」について書いていこうと思います。

 

ちなみにどの世界にも偉大な先人はいるもので、私がこれから書いている内容は以下の記事と似通っている部分が多いです。是非こちらもご参照いただければと思います!

yuzulemon-debate.hatenablog.com

 

※注意

以下の内容は(私が運営に関わっていた大会を含め)如何なる大会運営を代表するものではなく、あくまでも私個人の見解です。

 

【目次】

 

前提

大会運営者の心理

これはどの大会運営でも共通していることであると感じますが、大会の準備というのは基本的に長い期間をかけて行われます。半年以上前から準備をしているという事例も聞いたことがあります。

その過程の中で、大会のルールに関する事項だけではなく、「大会のコンセプトは何か」「この大会を通じて参加者に得てもらいたいものは何か」「それを実現するためには大会をどのような中身にすべきか」など、何度も頭を抱えて考えています。これは一からコンセプトを考え出さなければならない大会(e.g. 昨年12月にTDをしたとうきょうみに(Day 1の方))に限らず、定期的に開催がされる大会(e.g. 今年4月にTDをするJPDU Spring Tournament)についても、常に考え続け、出来る限り参加者の希望に沿えるよう、考えをアップデートしようとしているところです。インビテ・アプリケ・直前連絡の文書の一言一句にも、きちんと意味を持たせています(ヒューマンエラーはつきものなので誤字はお許しください())。

従って、その大会に対する愛着というのはどうしても生まれます(人間ですし…)。ある意味その大会というのは、運営者にとって子どもみたいなものです(?)。それに対する批判を受けるということは、人間心理的にも苦しいところがあります。もちろん、大会運営にあたって必要な意見・提案であれば最終的には快く受け入れることになる確率は高いでしょうが、結局はどのようにその内容が伝達されるか、というところに依存する部分が大きいように感じます。

もっと平たく言ってしまえば、(当たり前ですが)コミも運営する機械ではなく、1人の人間です。コミ側が閲覧できるであろうと想定される環境下において(これは公開プラットフォーム上のアカウントなど、容易に拡散し得る発信内容も含みますが)意見伝達を行う際は、この点に気を配っていただけると運営者としてはありがたい限りです(建設的な対話を行うことは、自分たちの大会をより良くする一助にもなりますし)。

 

大会運営とリスク

コミは「決められた仕事を数ヶ月間やればお金がもらえる」…というようなものでは決してありません。常に大会運営が上手くいかない(もっと言ってしまえば失敗する)リスクと向き合う必要があります。

この典型例の1つが未成年者の扱いについてです。昔は成人年齢が20歳だったこともあり、大学1~2年生などグレーゾーンとなる参加者が今よりも格段に多かったため、思考を巡らせることは現在よりはるかに大変であったと想像しますが、現在でもこの問題はやはりつきまといます。トラブルを防止する対策を十分に講じることができるか、何か問題が発生した際に誰が責任を取るかなど、様々な点を考慮する必要があります。

他にも、「会場を次年度以降も貸し出ししてもらえるか」「金銭の管理を適切に行えるか」など、考えるべき点は尽きません。もちろん、社会での一般的な仕事などと比較すれば負う責任は軽いでしょうが、これらの「リスク」も大会運営を考える上では無視できない観点の1つです。

 

内容

これまで様々な大会運営に関わり、メール対応を行ったりアンケートを見たりする中で、不満や意見の衝突が生まれがちな要因として、「価値観・考え方の食い違い」が挙げられるように感じます。

様々な意見を見る中で、「全くもって的外れな意見」はないと言ってよいかと思います。どちらかと言えば、意見の衝突というのは、あるコンセプトの理解について、あるいはあるリスクの評価について、そのベースとなる思考過程や価値観の違いに起因するところが大きいように感じます。(これを最も顕著に感じたのはJPDU Spring Tournament 2023の開催形態に関するアンケートの回答に目を通した時でした。)人間ですから、どのような価値基準を持つかは究極のところその人次第であり、極めて多様です。一方が正しくて一方が間違っているということはありません。

これについては、コミ内でも全員が完全に統一した考え方を持っているかと言えば、必ずしもそうではありません。コミも人間ですから、全員が完全に同じ考えを持っていることは簡単には期待できません。しかし、その中でコミ内で協議を重ね最終的にまとまったアイデアが、「大会運営の見解」として世に発表されている訳です。

 

その価値観の食い違いを解消し、(受け入れてもらえるかは別として)最低限お互いがお互いを理解できる状況になった方がお互いにとっても良いかと思います。ただ否定の言葉を並べられるだけでは運営側としてもどう対応すべきか分かりませんが、その背景にどのような価値観・考え方があるのかを知ることができれば、運営側としても最大限その価値観・考え方を尊重した変更などを行うことができる余地が生まれます。

もしそれでもどうしてもその大会運営の価値観を受け入れることができないという場合は、ぜひその価値観を実現する大会を開催して欲しいと思っています。(これは全くもって嫌味とかではなく、)人間の価値観が多様である以上、特定の大会運営が代表できる価値観はどうしても限られてしまいます。その価値観に賛同してくれる人は必ずいるでしょうし、多様な価値観に基づく大会が開催されることはとても有意義なことだと思います。

 

話がやや脇道に逸れてしまいましたが、「大会運営にとって助かる意見・要望」の内容としては、建設的な議論に向けた素地となる考え方を提供する意見・要望かなぁ…と考えているところです。対応する側としても大変ありがたいです。

 

連絡手段

上にも記載しましたが、「価値観の食い違い」が運営内でも発生している可能性がある以上、個人宛に何かしら意見を言われても対応できないことが多いと思います(あくまでも「大会運営としての見解」を出すことが必要なので)。もちろん、雑談の範囲で話すこと自体は全くもって問題ありませんが、正式に運営に意見・要望として伝達したい場合は、大会運営公式が指定する窓口に送ることがベストです。公開プラットフォーム上での発信も同様に、個人単位で何かしらの対応をするということは基本的には困難です。

日本国内ではFacebookアカウントを用意している大会も多いですが、Facebookページの管理者は限られた人数である可能性が高い(MDのみなど)ので、全員が閲覧できる可能性が高いメールの方が適切である場面の方が多いかと思います。

まあこれについては、大会参加申込を含めて普遍的な話でもあります。運営側としては基本的に何かしらの意図をもって特定の連絡先・方法を指定しているので、その方法に従ってもらえるとありがたいところです。

 

最後に

偉そうに色々書いてはいますが、なんだかんだ自戒として書いた部分も多いです…。どうしても「コミ」は「ディベーター・ジャッジ」「AC」など、他の大会参加者と比べても影の薄い存在になってしまいます。

そこにもお互いが気を配れる世界になってくれると嬉しい限りです!